限界集落の旅『栃木県日光市中三依』-自給自足の研究で人類の可能性を探る人の格言を聴く-
前回、栃木県日光市中三依の自治会長さんに『勉強=勉学ではない』と格言を聴いた後、自給自足をしている家族がいると教えてもらい、そのお宅へ向かった。
▼前回の記事▼
渓流釣りのポイントの近くに、小学校の校庭を半分くらいにした広さの畑と手造りと思しき木製の家があった。ここかーと思い、玄関前まで進むと、石畳に埋め込まれた玉砂利を電動のこぎりで切っている汗だくの男性がいた。この一家の主だった。
連絡もしないで来たけど大丈夫かな、と思い、声をかけ、旅の事情を説明したら、玄関前の工事が終わったら時間があくからその時に、という話になった。
自給自足家族の大黒柱の来歴など
自給自足一家の家に上げてもらった。
「ちょっとコーヒーを淹れるね」
使い込まれたコーヒーミルを使い自家製焙煎のコーヒー豆をガリガリ粉にして、コポコポお湯を注ぐ姿は、さすが自給自足一家の主だと思った。さらに自家製のパンを振舞ってもらった。パンには自家製のシロップを付けて食べる。このシロップも木などから抽出した天然もので、飽きのこない十分な甘味を楽しめる。木の内部は甘いらしい。
自給自足という話を聞いていたが、実際に生活するにはお金がどうしてもついて回る。『税金』『教育費』『ガソリン費』『機材費』等、様々な資本が邪魔をして100%自給はできていないようだった。
「だから僕らは自給自足研究家だな」とご主人は言った。
なぜ自給自足を始めたのか
ご主人は武蔵野美術大学で建築を学び、卒業後は木工のプロダクトを作製したり、ジャーナリストをやったりしながら、生計を立てていた。余談だが、『武蔵野美術大学』と聞いて『京都精華大学(わかりにくいですが美術大学)』卒業の僕は、うわっエリートだ、と思ってしまった。※京都精華大学は奇人、変人が集まる傾向にある。5段階評価で各人のステータスを表す場合、『画力:2』『センス:3』『アブノーマル:25』みたいな、良かれ悪しかれ特化型といった感じ。
次第に、ご主人は資本に対しての疑問を感じるようになった。
「良いもん食うためにダイオキシン出すって変だなって思った」
都会で消耗せず、お金に生活を支配されず、体に良くないことをしないのであれば、一番いいのはお金にかかわらないこと、そう思い、東京を見ながら那智勝浦に後ずさり。自然農法に目覚めた。余談:この時、聴かせてもらった話をメモした走り書きに『20年前キチガイ』と書いてあったが、都会でやっていた生活のしんどさに対してだろうか?書き残したのが自分なだけに、ものすごく気になる。
那智勝浦での生活を経て、栃木県日光市中三依集落に移り住み、現在、自給自足の可能性を模索している。
「(自給自足を経て)僕は希望、可能性を提示する。人類にとっての可能性の光を」
こんな自分たちでやってるいい加減な農法でも生きていける。日々、生活して余った時間で自己実現。新しい百姓像を模索する。成功のモデルが少ないけれども『自由農家』が一番いい階級だと語るご主人はこう続けた。
「収入無ければ所得税いらない。楽な仕事。なんでやらないんだろう」
まだ完璧な自給自足は出来ていないが、幸福度を満たす手段として探求する価値のある生活様式なのだろう。自分に当てはめて考えると、僕は東京に引っ越ししたものの、東京っぽいことといえば、国会図書館で発禁処分になったブラックジャックが掲載されている週刊少年チャンピオンのコピーを取ったりしている程度で、京都に住んでいたころと大して生活の楽しみ方は変わっていない。漫画のコピー取る数百円くらいで幸福度は満たされるのだと思った。あと秋葉原の『まんだらけ』で「わけわからんオッさんのソフビが8千円…?」「ドラゴンボールの最終話が掲載された少年ジャンプが7万円…!?」と思って、ゾクゾクするのも好きです(見て満足して買わない。美術館感覚)。
『選択肢の外を目の当たりにさせたい』というご主人の言葉が印象的だった。
こう書くと起業家の熱い言葉のように思うけれども、『ローリスクでローリターンそこそこ』で損しないかの実験だ、とも言っていたので、ぼちぼち、頑張らないで自然に生きる言葉である。
▼ご主人お勧めの本▼
この実験の先にどんな目標があるのか
「世間とのインターフェースとして昔ながらの技術を学ぶ工場を造りたい」
そこで日本に勉強しに来た外国人やWOOFFer、引きこもりの人等が活動できる場所にしたいとのことだった。 物をつくることで人の役に立てたいという、建築を学んだご主人らしい意見だった。また現在は、食事と寝床を引き換えに仕事を提供する『WWOOFer』と呼ばれる仕組みの受け皿をされている。
▼WWOOFerとは▼
▼ちなみにこのお家でプチWWOOFer体験した時の記事です▼
自給自足オヤジの格言
「伝統=変わろうとしない心」
そういいながら伝統的な技術の学び舎を作ろうとしているのが面白い。
「自給自足は生き方なので、失敗はない。挑戦はあるけどね」
「『自由農家』が一番いい階級」
『年貢』があって、『知的』でなく、『皺』だらけで、『都会的』でなくダサい。農家のイメージを変える新しい百姓像を作りたいね。
「ミミズみたいに土食って、人に迷惑かけずに生きる。人のコトがどうでもよくなってくるくらい満ち足りる」
年貢を納めたりすることなく、有機栽培にこだわったり、利益を追求しなければ、農業は心身の充実に良い仕事のようだ。
「収入無ければ所得税いらない。楽な仕事。(自給自足)なんでやらないんだろう」
実際にできるかどうかかは別として、価値の置き換えが見事。
「ネットが無くなればいいが、こんな生活していたら必要」
自分の考え方が口コミで広がればいいが、セルフプロモーションがなかなか難しいらしい。お宅にはパソコンがあってFacebookアカウントもある。「ホームレスやブラック企業も政治じゃなく、民間の知恵やITで解決した方が早いんじゃない」といったりもするくらい重要視されている。
「何が信頼できるか?普通の社会性と共通意識を持った、一緒にいて楽な人。イデオロギーで繋がっている組織は弱い」
政治やスピリチュアルなど各々のイデオロギーは変わらないから。
「歳とってくると丸くなるってのは嘘だね。アブノーマルな自分は助長する」
自分や周囲の人たちの生き様や考え方を見ていると、どうやらそうらしい。
オヤジさんの統計学。
「じねーんとやってんだぁ」
じねーん:ぼちぼち頑張らないで自然に。
次回:栃木県日光市旧栗山村-マムシの旨みを教えてくれた和食屋-
______________________________________