3社クビの社会人、限界集落を旅する。

人生の先輩方から「生きるための知恵」を拝聴する限界集落紀行

限界集落の旅-北海道編-『北海道での大阪人の扱い~岩見沢市の集落を散策して休業中の温泉を発見』

2018年の7月19日から北海道へ移り住んで過疎集落を旅していた。

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祝津パノラマ展望台

 

関西人は北海道で3倍くらい面白くなるらしい

旅の無い日は北海道小樽市の飲食店で働いていたT氏(知人)の社宅を寝座にせてもらう代わりにT氏の仕事の手伝いをしていた。僕は大阪出身なので大阪弁でT氏の職場の人(北海道出身)と話していたら、何も面白いことを言ってないのに、やたらと笑いがとれた。接待かと思うくらい笑ってもらって気持ち良くなってしまった。

 

なんでも北海道の人が関西の言葉を聞くのはテレビ番組くらいだそうで『関西の言葉を話す人≒タレントさん』というイメージらしい。さらに、お笑いの番組もあまり放送されていないせいか、こちらが普通のことを話しても、言葉のイントネーションだけでボケと勘違いされて「なんですか?今のはボケですか?」と確認されたりする。そして口癖のように「うける~」と言われたりして、気持ちいい反面、何か騙しているような気がして切なくなる。

 

「北海道の人らは、踏み荒らされてへんな」と飲食店のシェフ(大阪出身)が言った。

ある日、シェフが北海道の携帯ショップでスマホを検査してもらったとき、スマホの充電プラグ差込口に汚れが詰まっていることがわかった。「じゃぁ…、汚れを取る何か、武器のような物はありませんか?」とシェフが聞くと、従業員さんにドカンとウケた。

シェフがあっけにとられていると、今度は別の従業員さんが勤務時間を終えて「お疲れ様でしたー」と挨拶して帰ろうとしていた。シェフ曰く「流れで俺もその店員さんに『お疲れ様でしたー』ていうたら…言うやろ?別段、普通のコトやろ。そしたら、店内ドッカーンや。爆笑」だったという。

「ボケとかツッコミに、全く踏み荒らされてへんねやな」とシェフはつぶやいた。

確かに大阪に住んでいたときには毎週土日は漫才番組や吉本新喜劇がテレビで見られていた。関西の人々は日々、知らず知らずのうちにボケとツッコミに洗脳されている。

 

北海道では関西の3~4倍くらい笑いが起きやすいような気がした。関西でくすぶっている人は北海道に行けば、普段の3~4倍の自信を持てるかもしれない。僕の友人でどんなボケも3~4倍面白くできるツッコミの名手がいるのだが、彼なら北海道で普段の9~12倍は面白くなれるかもしれない(でも、本当にあの時の笑いが接待笑いだったらどうしよう…)

 

夏の小樽市は昼間の気温が30℃を越えることもほとんどなく、過ごしやすかった。

夏の北海道と人に居心地の良さを感じつつ、集落巡りを始めた。小樽市から車で1時間と数分程度で行ける空知地方の岩見沢市の集落に向かった。※ただし小樽市は坂道が多く、家から店までの距離もあるから車か原付など“足”が必要。冬は寒さと積雪が凄いから準備と覚悟が必要になる。

 

岩見沢の集落に到着

温泉を発見

岩見沢市に入り『朝日』『美流渡(みると)』『栗沢』などの地名をまっすぐ進んでいくとやがて『ポンネ湯』という温泉にたどり着いた。源泉からパイプを引いて誰でも温泉を家に持ち帰ることができる仕組みになっており、代金はお賽銭箱の中に入れる無人の持ち帰り温泉である。※かつて、ここですぐ入浴できる温泉施設もやっていたようだがそちらは廃業しているらしい。2018年の7月当時は源泉の貯水槽が壊れてしまい、湯を引くことができなくなっていた(現在は復旧済み)

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ポンネ湯

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温泉を持ち帰れる

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この当時は休業中

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ポンネ湯


名残惜しい気持ちを抑えつつこの近辺を散策した。

旅のゾーン(?)に入る

「こんにちは。何してるの?」

ポンネ湯のあたりをうろうろしていると、集落のお婆ちゃんが話しかけられた。

各地の集落を旅して色んな人の人生経験を伺っているというと、 この辺りの自治会長さんに連絡を取ってもらえることになった。時間を決めて後日、会いに行くことになった。ありがとうございますとお礼を言ってしばらくお婆ちゃんと世間話をした。

 

このお婆ちゃん実は猫ブリーダーでもあった。過疎化が進み近所で飼いてのいなくなった猫の面倒を見ているという。鼻の下にチョビ髭みたいな黒い毛が生えた『チャップリン』という猫が印象的だった。僕が近づいても逃げもしない猫たちだったから、自分が少し動物に好かれるイイ人になれたような気がした。

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こっちを向いてくれないチャップリン

お婆ちゃんはこの当時で67歳。まだまだ現役で働いていた。シンドクないのかな?と思ったが、お婆ちゃん曰く「働いたら寂しいこと忘れるからバイトしているの」という。

どうやら旦那さんに先立たれた寂しさを仕事で埋め合わせているらしい。仕事に打ち込み世のため人のため働き、仕事場で同僚と会話を楽しんで……寂しいことを考える暇を自分に与えず元気になる方法として『労働』は合理的で美しいと思った。

ちょっとしんみりしたところでお婆ちゃんからお茶大量のプラムを貰った。こちらから何のアプローチもしていないのに向こうから話しかけてもらえて食料まで頂けて、さらに地元の人に連絡を取ってもらえるとは。あまりに都合の良い展開に自分が何かしら『旅のゾーン』に入ったような気がした。

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大量のプラム(美味しかった)

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お茶とプラム

この日辺りから僕は自分の眼球の光を気にするようになった。

自分は清らかな心をしているか。悪意はないか。話を聞かせてもらう人生の先輩方を一山なんぼと思ってないか。邪な気持ちが眼球の光に表れているような気がし始めたのである。そのため移動中に車のバックミラーで自分の目を見るようになった。

 

目から光が消えたら、もう、このゾーン的な何かに入れないんじゃないかと思って「自分は大丈夫か?」と問い続けることになった(2019年現在も引き続き)

 

次回:ポンネ湯復活を目指す自治会長さんにお話を伺いに行く

 

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限界集落の旅:北海道小樽~岩見沢編-まずは知人の社宅に転がり込む-

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フェリーで北海道へ


平成最後の夏、2018年の7月から9月末まで北海道の小樽市に拠点を移し『岩見沢』という集落を巡っていた。フェリー『さんふらわあ』にホンダアクティと乗船し、茨城県の『大洗』から苫小牧の港まで19時間、波に揺られながら移動した。

 

 

フェリー乗り場到着

フェリー乗り場には普通乗用車やトラック、バイク乗りの人たちが列を作って並んでいた。

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アクティにも乗車

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茨城県大洗フェリー乗り場の様子

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茨城県大洗フェリー乗り場の様子

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フェリー『さんふらわ』の資料館スペースもある

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乗船時に貰える説明書

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甲板の様子1

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甲板の様子2


人生初のフェリーに妙にわくわくして、甲板に出てみたが天気が悪く、ほとんど何も見えなかった。潮風は何故かあまり気持ちよくなかった(何か気持ちが荒んでいたのだろうか)Google mapで今の自分の位置情報を見たら、海上をものすごい高速で移動している様子が見られるんじゃないか?と思ってスマホを見たら圏外だった。中々、思ったように物事は運ばないなと思って船内に戻った。

 

船内の食糧販売

 船内にはハンバーガーや中華料理や酒の自動販売機がある。

他にも売店がオープンしている。船内グッズやお酒などの購入はこちらでもできる(営業時間:乗船時~2:00 10~13:00 18:00~下船時)

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食品と飲料の自販機

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食料自販機1(ホカホカの状態で出てくる)

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食料自販機2(ホカホカの状態で出てくる)

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飲食スペース

自販機で販売されている冷凍食品のハンバーガーセットを食べた後、台湾飯など船を降りるまでに合計3品食べてしまった。せっかく船に乗ったんだから!と無意味な食べ比べをしてしまったのを後悔した。十代くらいのバイク乗りの女性がカップ麺だけ買って生き生きと食べてる姿がまぶしかった。

冷凍食品の味は製造過程でたくさんの苦労を乗り越えたでろう完成度の高さを感じた。外国から帰国した日本人が冷凍食品を食べて感動するというのがよくわかる。ただ、あくまで冷凍食品なので、よっぽど冷凍食品フリークでない限り、わざわざ食べ比べる必要はない。

 

船内には大浴場もあるが、この日は持病のアトピー性皮膚炎が少しひどくなっていたので入浴は控えた。

 

寝室の様子

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寝室(4人相部屋)

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寝室(あまり揺れないし寝心地は結構いい)

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寝室2(あまり揺れないし寝心地は結構いい)

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マッサージチェアもある(1回100円くらいだった)

 

19時ごろに苫小牧の港に到着した。

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苫小牧港

船の降り際に40代くらいの男性2人がたまたま乗り合わせた30代くらいの女性と、なんだか口説てるみたいですね(笑)、みたいな話をしていた。船内ナンパという出会いもフェリーの楽しみの1つかもしれない。

 

知人の社宅に転がり込む

 北海道での生活はなかなか大変だった。とにかくけがをよくした。それはさておき、生活の拠点は小樽市に置いていた。

小樽市には当時、某飲食店で働いていた知人(以下:T氏)がいたため、T氏の部屋の掃除や洗濯、目覚めのコーヒーを淹れたり、仕事を手伝ったりのギブアンドテイクの関係で部屋を貸してもらうことにした。

ある朝、寝ぼけ眼で煙をくゆらせヤニを堪能しているT氏のために、社宅のキッチンで淹れたコーヒーをスッと持っていくと、ありがとう、よりも先に、ふざけんな、と言われた。僕がパンイチだったからである(Tシャツは着ていた)。この時はズボンを履くよりもまず、コーヒーをお出ししなくては、と思っていたのだが、冷静に考えれば朝一番にパンイチの男が差し出すコーヒーは非常に気持ち悪い。間違った気の遣い方だった。

またT氏は視力が低く、半開きの寝ぼけ眼はタバコの煙でかすんでいた。そしてキッチンで僕の下半身は隠れていたため、T氏は僕がパンイチであることに全く気づかない。この偶然の重なりのせいでT氏にはコーヒーを受け取る直前、突如パンイチ男が目の前に現れたように見えていた。朝からイカ臭いテロである。大変、申し訳ないことをしてしまっていた。T氏からすれば朝一番にコーヒーを淹れてくれる気遣いはありがたいが、パンイチを晒す無神経さでもってトータルではマイナスといったところだった。

大変申し訳ないと思いつつ、僕はそのあと2回3回とパンイチ姿で夜明けのコーヒーをT氏に差し出すのだった。

 

次回:岩見沢限界集落巡りをする

 

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限界集落の旅-東京都西多摩郡檜原村で標高600メートルにあるスナックに行った-

東京西多摩郡檜原村には『檜原烏骨鶏ラーメン』という名物がある。

「檜原烏骨鶏ってなんですか」と村の人に質問したところ、

「実はまだ食べたことがないんだ」と答えが返ってきた。

村おこしのために作られたものの、販売期間が短すぎたり、作って間もなさ過ぎて浸透していなかったりで、村の人が食べたことない名物もあるらしい。

東京都西多摩郡檜原村の人から、あの名物はロングセラーだとか、この名物はちょっとムチャだったとか、村おこしの試行錯誤を聞いているうちに、以前、檜原村を散策しているときに見た『檜原烏骨鶏ラーメン』と書かれた旗をが気になり、それでいて、どこで見たのか思い出せないから村の人に質問してみたが、その人は食べたことがなかった。

 

一体どんな幻の名物なのだろうと、妄想ばかりが膨らみつつ、また村を散策した。

そんなことをしているうちに、昼はうどん屋、夜は居酒屋の手打ちうどん はたの』で村の若い衆(30代)から、檜原村『小岩』という集落には村唯一のスナックがある、と聞き行ってみることにした。

 

村の人曰く桧原村『橘橋』の信号の辺りを境に南北のエリアに分かれているという。『小岩』へは『橘橋』の信号を右折して205号線を北の方角に道なりに進む。

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檜原村地図(『小岩』へは橘橋の信号を33号線から205号線へ右折)

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小岩バス停

『スナック花水』

19時前に小岩に到着してしばらく周辺をウロウロしながらスナックを探した。

『スナック花水』の看板『檜原烏骨鶏ラーメン』の旗を見つけ、ここで檜原烏骨鶏ラーメンを見たのか、奇遇だなと思った。早速突入しようとしたが、まだ営業中でないらしい。営業時間を待ちながら周辺を観光した。

 

桧原村にはいくつもの滝がある村として知られている。小岩には『花水の滝』がある。あまり目立たない所にあるため現地の人に道を聞いた方がわかりやすい(僕はたまたま家の外にいたおじさんに聞いた)。小岩のバス停から下りて徒歩2分らしいが、実際にはもう少しかかると思う。

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花水の滝への道

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花水の滝までの道のり


滝までの道中、結構、険しいからまぁまぁ汗をかく。地面が木の葉と腐葉土でふかふかしているから膝への負担は少なく、筋肉が付きそうである。

『花水の滝』は高さ36メートル。滝壺が無く、バシャバシャと流れ落ちる派手さは無いが壁面をなでるように静かに落ちる水と、ひんやりした空気でもってここだけゆっくりとした時間が流れているような趣があった(滝の写真なくてスミマセン)

 

時間も程よく経過して19時を過ぎ。改めて『スナック花水』に向かった。

扉を開けるとカウンター席に男性が一人、テーブル席に2名の人が座っていた。

「なんだい飯食いに来たのかい?」

テーブル席の男性に声をかけられた。

「檜原烏骨鶏が気になって食べに来ました」

と答えると、まあこっちきて座りな、とカウンター席に導かれた。

この男性は日焼けした屈強な体にやや強面の面持ちで、男気が足を生やして歩いているような雰囲気と、でも、確実に気さくで、ちょっとフェミニストなところがありそうな『頼れるアニキ』のオーラを纏った人だった。

 

アニキはママさんに、ラーメン出してあげて、と言ってくれた。

檜原烏骨鶏ラーメンには醤油味塩味の2種類ある。

「男なら醤油だな。なんでだか、女は塩だけど」

アニキおすすめの醤油味を頂くことにした。

 

『スナック花水』は標高600メートルにある村唯一のスナックで、カラオケ付きの居心地のいいお店である。かつてこの店を取材した〇袋筋太郎さんとテレビクルーがロケ終了後に完全なプライベート呑みをしたくらい、もうちょっと居たくなる雰囲気がある。

これから何度かこの店に通うことになるのだが、いつ行っても村の人が気さくに話ができるのが凄い。よそ者に排他的でなく、(酒の勢いもあってか)開けっ広げなトークができるところは何となく大阪人の雰囲気に近いように感じる。

 

檜原烏骨鶏ラーメン(醤油味)が出てきた。

出汁も麺もウマイ

山の中の集落でこのスナックを訪れたら毎回、旅の締めと、疲れをとるために食べたくなる、活力に満ちた、それでいて優しい味のラーメンだった(記事を書きながら思い出したらラーメンが食べたくなってきたのでファミリーマートのコク旨中華そばに、たった今お湯を注いだ)

 

 

アニキ(50)とたわいもない話をした。

そしてアニキは帰り際にさりげなく僕のラーメンと酒代まで支払って退店しようとしたから僕は慌てて、ちょっと待ってください払いますよ、と言うと。

 

「男には男気が必要なんだよ。たとえ借金してでも必要なときがあるんだよ」

アニキはそういって去ろうとした。カッコよかった。

あまりにカッコよかったから、アニキのための花道を作らなければいけないと思い、(お礼に)店の扉ぐらい開けさせてください、と言った。

 

するとアニキは

「いいんだよ。そんなん。『ご馳走様』ってだけでいいんだよ。その代わり君が金持ってるときには後輩に今とおんなじように奢ってやりな。そういうのは回り回って自分に返ってくるんだ。そういうもんなんだ」

僕は変な遠慮をしがちな性格をしているため、この言葉はいつでも思い出せるようにするべきだと思い胸に刻んだ。多分、奢る以外にも色んな男気があるんだろう。それらを学んでいくのも人生なんだろう。

 

「ご馳走様でした」

といってアニキを見送った。

 

東京の桧原村にはこんなアニキがいる。

 

アニキを見送った後もお店にいた村の人やママさんたちと『青汁チューハイ』を飲みながら雑談した(お酒の席なのであまり書けないようなきわどい話もあったような気がする。あんまり覚えてないけど)。泥酔したため(写真がほぼ無いのもそのため)車中泊をしようかと思ったら、見かねた村の人が家に泊めてくれた。なんだか優しすぎる集落だった。

 

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限界集落の旅-埼玉県秩父市浦山の集落-ダム周辺で霊的な影響を受けたかもしれない話

『霊的な影響』というと、何か目に見えないものに怖い思いをさせられたように聞こえますが、別段怖いことがあったというわけではなく、自分の周囲を取り巻く環境が何となく自分の心身に影響して気持ち悪くなった旅の話です。むしろそういうのも含めて『霊的なモノ』なのだと思われます。

 

2018年の初夏の頃、埼玉県秩父市浦山の大谷(おおがい)という集落を訪れた。この地域の景勝『浦山ダム』を見ようと思いつつインターネットで『埼玉 浦山』等といったキーワードを打ち込むと予測検索に『心霊スポット』と出た。ただ、そこを気にしすぎると行きたくなくなるから、あえてその件については触れずに現地に向かった。

 

この時期に僕とルームシェアしていたオジチャンが「旅の途中で神社があればできるだけ行っておけ。御朱印があれば押しておけ。特に狐が祀ってある神社にはなおのこと行っておけ」と言っていた。なんで狐なのかというと、オジチャンの知り合いに狐の守護霊を持った人がいて、狐の守護霊の繋がりで人を守ってくれるとかなんとかいう話をしていたが、果たしてその繋がりが僕にまで有効かは定かではない。ただ、そういわれると狐に反応してしまう。浦山周辺を散策しているときにも狐が祀られている神社を見つけたために立ち寄った。

 

【狐を祀った神社】

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狐の像

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物凄く急で長い階段

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階段を登った先の様子

階段を上るのにめちゃくちゃ苦労した。あまりに急で足場が狭いため何度か転びかけた。これだけ足場が悪い理由は人に登ってほしくないからなんじゃないだろうか?そこを登っている自分はむしろ悪いことをしているんじゃないだろうか?と罪の意識にとらわれ始めた。そして次第に、そうまでして狐のある神社のお参りをする必要があるのだろうか、と思って、この後、狐を祀った神社を無理にお参りするのはやめた。

 

諏訪神社

『痘神』と呼ばれる神様が祀られている。『痘神』とは天然痘を擬神化した神の一種で、この地域で天然痘の流行があったことを表している。他にも色んな神社からの分社された鳥居があり、信仰で苦難を乗り越えてきたことが伺える。

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諏訪神社

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天災の跡

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分社と思われる

しばらくうろついてからダムに向かう途中に宿屋があった。泊れるかな、と思い電話してみたがこの日は満室だった。また来てね、とのことだった(市外局番を省略する形で電話番号が書いてあったため、スマホで市外局番を検索してから電話をした。本当に便利な世の中になった)

 

浦山ダム

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浦山ダム

浦山ダムを見学したが、あまりいい思い出はできなかった。このダムと僕の相性が悪かったに違いない。ダムの周辺にはお地蔵さんがいくつも並んでいて、何となく手を合わせたのもいけなかったのかもしれない(何となくお地蔵さんに社交辞令で手を合わせると体に負担をかける可能性があると後になって気づいた)

ダムの周りを結構ウロウロして疲れたのでひとまず、ダムの周辺に設置されたベンチに座ってダムを眺めてみようとベンチに近付いた。ダム側を向いてベンチに腰を下ろすと、ダムの中心に向かって体が引っ張られる嫌な引力のようなものを感じた。子供の頃に遊園地の『忍者屋敷アトラクション』内の『斜めの部屋コーナー』で体験した、床が傾いた室内で体がバランスを失い、真っすぐ立っていられなくなるような違和感だった。『斜めの部屋コーナー』だったら「寝そべったら何にもしてないのに体が転がるぞ!」とか「斜めの部屋とそうじゃない通路との境目はどうなっているんだろう…」とか楽しめたが、ダムに向かって体が引っ張られる感覚は怖い。これはイカン、と思ってベンチから立ち上がって、とっとと集落の聞き込みを始めた。多分、ベンチの場所に傾斜があっただけということにしておこう。

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浦山ダム

「お前は“気”を発するものに、影響を受けやすいからのォ」

ルームシェアしていたオジチャンにそう言われたことがあるから、なおのことダムで気持ち悪くなったのかもしれない。だとすると僕は人の言うことに影響を受けやすいということになる。だったら、徳島県ご住職から『霊はだいたい気のせい』『霊はそんなにいない。いてもそこまで悪いもんじゃない』と教えてもらったから、僕はこちらの影響を受けた方が幸せそうである。

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浦山ダム

 

集落の人に話しかけて、この辺のことや人生論を語ってくれそうな話好きな人を探した。すると70歳と68歳のご夫婦を教えてもらい話を伺いに向かった。旦那さん(70)はダムに着いてから僕が勝手に感じてる違和感を吹き飛ばすかのように異様にハイな人だったので、そのギャップが何となく怖かった。

 

「何もないように見えても住めばどこでも都だよ」

ハハハ、とご主人は笑っていた。

 

【ハイな旦那さん(70)】

-この辺りでどんな生活をされてきましたか?-

この地域では昔からお茶や炭、ジャガイモやキュウリ、ナス、ピーマン、長ネギ、カボチャなどが栽培されている。サツマイモやゴボウも栽培されていたようだが今ではもう作られていないという。かつては養蚕業が盛んで、ハイな旦那さん(以下:ご主人)は子供の頃(昭和40年代)、3~5月の農繁期、学校が休みの日には田植えや養蚕の手伝いをしていた。

■蚕の育成

蚕は5cm×5cmの木枠がいくつも連なった飼育箱に入れて育てる。3万匹もの蚕を育てるため餌の確保が大変で1日に3回は桑の葉(蚕の餌)を取りに桑畑と家を往復した。桑の葉は1回につき5~6kg背板一杯に詰めて運ぶ。やがて成長し、木枠の中で繭に包まれた蚕は一つ一つ収穫される。木枠を『収穫専用の棒』でビリヤードのようにつついて眉を取り出すのだが、子供心にこの作業は楽しかったという。繭の値段は1,000~2,000円/kg程で年に4回取れる。100kg程取れるためご主人曰く『自分は蚕で学校に通った』という。『お蚕様』という言葉があるが決して大げさではないようだ。

繭を収穫したあとの蚕のさなぎは油で揚げると美味しく食べられるとのこと。

 

-人生の楽しみ方を教えてください-

ご主人は多趣味で、人生楽しくてたまらないらしい。
「飽きることがないねぇ。ボケてらんないよ」と語る。
一番の趣味は植物栽培で昭和58年頃から始めた『カネの生る木』という植物を飼育だそうだ。はじめは1本だった『カネの生る木』が今では植木鉢十数個にも増えている。「贅沢しなければ楽しいことがいっぱいある。だから人生を充実させるには趣味を持つこと。多趣味がいいよ。そうなればどこでも住めば都」

住めば都の所以は趣味にあるという。
植物栽培の他にもタバコのパッケージを再利用して作った小さな唐傘もあった。

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タバコのパッケージで作ったペーパークラフト

植物栽培といいペーパークラフトといい、主人の根気がスゲェ。

※ちなみに、このタバコのパッケージはご近所の方から貰ったものが大半で、ご主人が一人で吸ったわけではないです。

カネの生る木

www.shuminoengei.jp

 

-社会人としての心得を教えてください-

「“ゴチ(ご馳走)”する。これは大事だよ。自分も上司になったら部下にゴチした」

先輩後輩同士が気軽に助け合える関係を作るために気前よくゴチをする。働けど働けど儲からない時代にはキツイ話である。ちなみに飲んでるときに仕事の話をしないことが大事だという。

「いるんだよぉ~。いるでしょ?飲んでるときに仕事のことでグチグチ言ってる人。嫌なことを思い出しちゃったり反省しないといけなくなったりして、しらけちゃってダメだね」

-ご主人は呑みの時仕事の話をしないタイプの人なんですね-

(嫌なことがあっても)居直る。くよくよしない。忘れる練習をする。嫌なことはすぐ忘れるんだ」

こうした処世術は全てご主人のお爺ちゃん(遊び人)に教えてもらったという。挨拶や悪いこと、人に好かれる方法等々…。

 

お爺ちゃんの背中を見て育ったためか、ご主人もなかなかの遊び人である。かつてはパチンコ、麻雀、競馬、競艇、競等に興じていた。パチンコではトータル〇〇〇〇万円程稼いだらしいが結局それは競馬に投資したという。あぶく銭を造ってあぶく銭に使う。ある意味一番正しく、無駄のないあぶく銭の運用の仕方である(マイナスになったらいけないけど)。ちなみにご主人曰く、一番面白いのが競馬。馬とヒトが一体になる感動!これがたまらないとのこと。

 

-趣味を持つことについて一言-

「趣味持つのは遅くっても40代くらいまでにしといた方がいいよ」

色々やるのに腰が重くなるまでに、色々やっとけ。そしたら後の人生楽しくてたまらんゾ!とのこと。

 

ご主人の趣味の品を見せてもらい話を聞かせてもらい、この日は帰った。

 

帰ってから数日して、泊まり込みの仕事から帰ってきたルームシェアのオジチャンに浦山周辺で撮った写真を見せた。

「狐の神社とかも撮ってきましたよー」

オジチャンは写真を見ても、あー、としか言わなかった。

また何日か経って、神事に詳しい人と会ったときに、僕に大量の『何か』が憑いていることを告げられた。何体くらい憑いてますか?と聞くと、数えるのも嫌になるくらい、と言われた。どうしてらいいですか?と聞くと、もう祓っといたから大丈夫、とのこと。そんなに瞬殺できるものなのかと感心した。

 

この後、オジチャンからは

「この間、見た写真な、あんまりエエ気を放っておらんかったわ」

などと言われてた。それならもっと早くいってくれれば良かったのに。

※そういわれたため、念のため、何となくこれはダメかなと思った写真は載せていません。

 

確かに、旅から帰ってきてから体の調子は悪かった。持病のアトピーも悪化して、気分も重かった。ただ、疲れがたまるとアトピーが悪化するのはしばしばあるし、アトピーが悪化したら気分が落ち込むのはそりゃそうなので、霊的なものによる影響かは何とも言えない。何よりあの地域に住んでいるご主人の“弩”が付くほどのハイな雰囲気を見ていると、あんま霊とか関係ないなと思った。

 

とはいえ、意味もなく、ただ何となく、不用意に、鎮魂のために祀られているお地蔵さんに手を合わせるのだけは、良い気分はしなかったから、やめた方がいいと思った。知らない人のことを、どう思うこともできないうえに、背負うこともできないので、手を合わせてもどうしようもない思いに囚われてしまうだけである。

 

次回:東京都の村で標高600メートルのスナックに行く。

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限界集落の旅-東京都西多摩郡檜原村の居酒屋さんで酔っ払いに絡まれた話(2)-

東京都西多摩郡の『檜原村』にある居酒屋さんで酔っ払ったオヤジ様に絡まれて、熱い人生論を説いていただいた。今回はお店の中で比較的に酔いが浅い方が語った人生論をまとめてみました。

▼酔っ払いの熱い人生論▼

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僕が村の人達から人生経験や知恵を聞いて回っているのがわかると、居酒屋で気持ちよく飲んでいた村のエライさんたちは、皆バツが悪そうに静まり返ってしまった。そりゃそうだろうな、と思いながら、そんなたいそうに考えてもらうようなことではなくですね…、とまごまごしながら、イラン事してしまったかな、とせっかくの呑みの場に邪魔してしまった申し訳なさに嫌な汗をかいた。
とはいえ、お酒の力もあってか、何人かの人がふざけながら僕に色々話してくれた。

 

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酔っ払い人生論

「俺たちは宇宙のチリから生まれた兄弟さ!争う必要あんめぇ」
ピースフルなメッセージを説いた、オヤジさんに続いて、元チェッカーズみたいな雰囲気の落ち着いた男性(50代)が夫婦の関係について次のように語ってくださった。

 

-健全な夫婦の関係を続けるにはどうすればいいですか?-
「あなた(奥さん)に対してありがとうをもとめなければ、喧嘩にならない。そのためにはお互い苦労して相手の気持ちを考えあわないとわからない」
お互い相手に多くを求めなければいいという考え方らしい。こういう考え方を聞いて実際の夫婦はどう感じるんだろうかと、独身の僕は思った。そして元チェッカーズ風オヤジはこう続けた。

「不満をその日のうちに解決しないからバクハツする。何かあったらすぐに言えばいい。だから、家は深夜でも夫婦ゲンカする」
さっき喧嘩にならないと言っていたが、一応、喧嘩はするらしい。物凄く冷静に、さっきまでと違う意見が出たので、もしやこういう意見の食い違いは喧嘩のもとになるんじゃないのだろうか。


チェッカーズ風のオヤジさんに続いて、愛嬌のある53歳のオヤジさんが吠えた。
-会社とはなんぞや?-
「従業員が給料上げろってのを、社長も一緒になって考えるのが会社ってもんだ!」
「ブラボー」「良いこと言うじゃねぇか!」
周りのお客が、愛嬌のあるオヤジをはやし立てる。
「だろ?」
オヤジは得意になってしたり顔をしていた。

そして逆に愛嬌のあるオヤジさんからこんな質問が出た。
「今の若い人は何を基本に生きてるんだ?俺たちは衣食住を基本に生きてきた。その余りでたまに呑みに行く」
何とも言えない。今でもその基準を背骨にして人は生きているのだろうと思うけれども、何となく『何考えてるかわからない』雰囲気はなんなのだろうか。自分も自分が何を考えているのか、何を欲しているのかよくわからないし、ただボンヤリと安静にしながら時間を過ごしているのが心地よくて、そういう時にこそ、あぁ生きているなぁ、と思ったりする。「クラゲの様に漂って生きてるみたいですね」どうしたいんですかと、ずっと前に言われたことがあるがその時も、なんでそれではいけないんですか、水族館でふわふわしているクラゲに意味を求めるんですかと思ったりした(思っただけで言えない)。ただ、自分の周りの同世代で、自分の人生はこれだと思いこんで仕事や休暇や恋に打ち込んだり、特に目標は無いけれども自分の居場所を求めて前向きに転職をしようとしている人はかなり多い。わかりにくいかもしれないけれども皆、頑張っているのは間違いない。便利な時代になり、当たり前に物が手に入るようになって、目標はわりかし手短に達成できるから、若い世代にとっての『生きるための骨子』となる部分が人生の先輩達からしたらわかりにくくなっているんだろうかなと思った。


「今の若い人は昔の人の1年を10年かかる」
チェッカーズ風オヤジさんが今の若い人を接した感覚をいうと、別のオヤジさんが反応して『いや、20年だ』と返す。「20年か…」とチェッカーズ風のオヤジさん。実際に20年かかるとは思わないが、根性や忍耐は今の50~60代の20分の1くらいなのかもしれない。
「今の若い世代は怒るとすぐに辞めちゃう。これからの自治会を存続させるためには!若い世代に押し付けはできない」
という声も上がった。しかし、昔に育っただから今の若いもんが目に余る、というわけではなく、ここに集まった50~60代のオヤジさん達も若い頃、さらに上の世代から『許されてきた世代』だと語る。
「"何でこんな事もできねぇんだ!"って怒られて、ぶん殴られて…それでも先代たちから"今の若いモンはしかたねぇな…"って許してもらいながら育ったのが俺たち。だから日本文化の継承とかっていうのが、違うんじゃねぇかって思う。
時代が変わった。大人たちが変わらないといけない」
時代が進み、昔の10年を1年かもっと短いスピードでできるようになっているはずで、20年かかるというのは、何かを習得したり造り上げるということでなく、何か精神的なことを言っているようだった。そして、そう言う50~60代たちも上の世代の感性を受け損ねて今まで生きてきた。だから上の世代も下の世代も互いに分かり合おうとする必要があるんだろうなと思った。


隣にいた74歳の爺さんにも声をかけたが、あまり話したくないらしく、爺さんの隣にいた別のオヤジさんに向かって「おい、早く食わないと、カレーが伸びちまうぞ」とか言い始めた。アルコールのせいかボケが粗い。

 

この居酒屋での飲み会には集まる理由ごとにいくつものグループがあるという(今でいうところのライングループみたいなものをアナログでやっている)。ただ、居酒屋に来るメンバーが決まっておるから、どのグループも似たようなメンバーになってしまい、代り映えしないらしい。といっても、とりあえず呑むための口実のグループだから別に被っててもいいと、愛嬌のある笑顔でゲラゲラ笑うオヤジさんにお客の内情を教えてもらった。

しばらく話して、居酒屋の会はお開きになり、僕も帰った。

 

次回:うっかり埼玉の心霊スポットにいってしまった。

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限界集落を旅して知ったこと-SNS無くても炎上はするらしい-

ある集落でしばらく喋った人から言われたことがある。

「自分がこんなこと言っていたなんて周りの家の人に知られたら良くないから書かないでくれ」

古き良き日本の姿が残る地方の集落を旅しつつ、人生の先輩たちから人生論や格言を聞いて、ブログやインスタグラム等で発信すれば、自分の勉強になるだけでなく、人の役に立つのではないかと思っているものの『これは面白い』と思う話には『アウトだな』と思うものも多い。

 

『アウト』な話は過激な場合もあれば、別段、何でもないような場合もある。ただ、パッと聞き何でもないような話でも、その話をした人と近隣地域との関係を考えると、しこりになる可能性を感じる。

 

例えば、こんな事件(?)があったらしい。

ある集落に『調べもの』をしにきた大学生たちが取材の内容を本にして世に出した。その本には集落の昔話とその舞台となった家の場所なども載せられていたという。しかし、これで聖地巡礼しやすくなって良かった!ありがとう!…とはならなかった。

 

実はその昔ばなしが、集落に暮らす子孫達からしたら恥ずかしくなるくらいギャグテイストだったのだ。自分たちの家が昔ばなしの舞台だったことを知られたら一家の恥だからと、村の中でも本当に限られた人にしか教えてなかったはずの秘密が、なぜか将来有望な大学生に伝わっている。そして本になって世に出ている。当然のようにこの話を大学生に教えた村人にクレームが入った。村人Aは勉強熱心な大学生に良かれと思って教えて、大学生は良かれと思って詳細な内容を書き、村人Bはハズカシー思いをした。村人B家の昔ばなしとはいえ、何百年も昔の因縁が今も生き残っている場合があるから要注意である(これが言霊というヤツだろうか)

小学生がクラスメートに『絶対に誰にも言わないから好きな人教えて!』とせがまれて渋々教えたら、次の休み時間には隣のクラスの全員にまで秘密が知れ渡っていたような感じである。『絶対に言わない』の枕詞なんやったんやろう、と悟って子供は少し齢を取る。

 

これは、SNSでわかりやすく『炎上』するのとは違い、SNSを使う人が少ない地域であっても何かの拍子に『あの家の人があんなことを言っている』と集落のわずか数十名に知られることでその地域では生きづらくなる『火も煙もたたない炎上』と言える(上記の話が結局、どう収まったかは不明)。

 

また『〇〇集落の□□さんの家に泊めてもらった』等の心温まる内容の場合、その親切さ目当てに集落にやってくる人がいて、結果的に集落の人達が迷惑する可能性があるからやっぱり書かない方が良かったりする

 

こういった類の話を聞くと(良い意味で)隣近所とのプライバシーが無い』といわれる村社会でも、ご近所と仲良く暮らすためにはタブーや踏み入ってはならない領域があるんだなぁと、しみじみ。むしろ都市生活よりも、その踏み越えてはならないタブーとの境界線は細く、わかりにくいのかもしれない。生活には知恵とコツが必要だ…と思ったが、

『村生活』が『近所と仲良くなり円滑に生活するため、あえて言わない事がある』

『都市生活』が『近所とさほど関わらずストレスなく暮らすため、あえて言わない事がある』

とすると、価値観は対局だけれども、結局やっていることは似ていると思った。

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美しい風景

<続く>

限界集落の旅-東京都西多摩区檜原村の居酒屋さんにて(いい意味で)絡まれた話-

東京都の村『檜原村』の『人里(へんぼり)』集落でいろんな人生の先輩方に勝手にインタビューをして人生論や格言を聞いて回っていた。

 

▼前回は隙あらばオヤジギャグを挟み込んでくる宮大工さんにお話を伺った▼

genkaishuraku.hatenablog.com

 

人里のゲストハウス『へんぼり堂』に寝泊まりしながら、檜原村をぶらぶらして話を聴き歩いた。ちなみに『へんぼり堂』の様子はこんな感じである。

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『へんぼり堂』室内

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『へんぼり堂』室内

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『へんぼり堂』室内



▼へんぼり堂▼

henborido.net

 

集落をブラブラしながら畑仕事中の68歳男性と70歳男性に人生論を伺ってるうちに暗くなってしまった。今日は村から家に帰ろうと思い、最後に村で夕食を取ることにした。

明かりがついているうどん屋さんに入ると、深く目の座った男が僕をまっすぐ見つめて

開口一番。

「なんだぁ、オメェはぁ?」

村以外の人が入店するにはめずらしい時間帯だったらしく、すでに奈良漬け程に出来上がった男に、入店2秒で絡まれた。しかし、絡まれたからと言って決して嫌な気持ちにならなかったのはこの男の持つ品格のなせる業だろう。

 

旅をしながら色んな集落の人生の先輩達から人生の格言を集めている、といった。

「なぁにぃ?良いことしてんじゃぁ、ねえか!だったら俺をインタビューしやがれ!」

回らない呂律を右にも左にも回して、俺はこういう縁が大好きなんだよ!、と言われながらインタビューを要求された。こっちが頼むことはあっても、頼まれることはあまりないから、これは面白いと思って、色々聞かせてもらうことにした。

 

この日は、たまたま村の人たちの寄り合いがあって、村の各自治会が集まっていた。

なにぶん皆、酔っ払っているため、かなり話が怪しいが、人間の素の部分が垣間見える熱い言葉が聴けた。

 

【60近い酔っ払いの人生論】

「人間てぇのは精子卵子が結びついた何億分の一かの奇跡なわけだろ?
あの人にも、この人にも与えられた使命がある。自分がなんのために生きてるかなんてわかるわけないけど、自分が奇跡の存在であることを自覚して生きれば人は変わる。
自覚すれば後は理屈じゃない」

-そうですか?-

「考え方が変われば運気がグンと上がる。これは理屈じゃなく経験だ」

 

-大事にされている考えはありますか?-

「人生で大切な言葉が5つある。
うれしい。
楽しい。
感謝します。
ありがとう。
あと1つなんだっけ?
忘れちゃったけど、この5つを常に心にとめて生活していれば不安、悩み、何もなくなる」
あと1個が知りたいけれども、いかんせんアルコールが邪魔をして記憶の引き出しの取っ手がぶっ壊れたらしい。「感謝とありがとう」も似たよなことだな…と呟いていたから酔いながらも結構、冷静だったみたいだ。

 

-人生観を教えてください-

「人生には命が3つある。
・運命(運ぶ命)…自分次第で変えられる命。
・宿命(宿る命)…自分自信のこと。与えられた変えられない命。
・使命(使われる命)…世のため人のため、自分を使ってくださいと思う謙虚な命。
この3つを上手く使えば人生バラ色。
何をやるにもやらせていただきますって気持ちでいることだな」

 

-人間関係を作るための考え方を教えてください-

「"あいつが悪い"っていうのは言い訳だな。人間は自分を正当化しようとする性分があって、それが真実を曇らせる。俺は"真実はなんだろな?"って考えるね。何か原因はあるから」

 

「宇宙はビッグバンで生まれてそれで星が生まれて俺たちみたいなのができたってのが定説だろ?だったら俺たち初めは1つのチリから生まれた兄弟なわけだ。だったら争う必要ないだろ?
一緒に楽しもうよ。生きようよ。生きるしかねぇぜ、与えられた人生を」
何の疑いもなく、生き生きとこうした人生観を語るオヤジさん。きっとアルコールによってオヤジさんの精神は日々の重圧から解き放たれ、最も無垢な状態に戻り、肉体は形を捨て、精神は粒子状に分散し宇宙と繋がり、原始に還っていったのだろう。多分、一番、こうであってほしいとオヤジさんが願う世界を語っているせいか、聴いてるこちらまでグッとくるものがあった。

 

-お金について-

「人間、持てる金額のキャパは決まっている。これを超えると不幸になる。5万のキャパしかない人 が15万入ってきて10万定期預金にしようなんていうのはよくない。12万くらい世のために使って、 キャパを少し開けとかないと金が入ってこなくなる」

 

このいぶし銀の酔っ払いオヤジ(敬意を込めてあえてオヤジと呼びます)はこう語る。

「こんなこと、普段なら言わねぇよ?バカにされるモン。宗教の勧誘ですか?って」

こんなレアな話が聴けるのがお酒のi良いところなのかもしれない。

 

後日談:シラフの状態のこのオヤジさんに村の中ですれ違った。僕のことを覚えていてくださっていて、僕が『オヤジさんあの時、宇宙の話してましたよ』というと、照れくさそうに、そうなの?俺凄いね、と答えるシャイな人だった。こういう出会いがあるから村の居酒屋は面白い。僕もこういう縁が好きです。

 

次回:檜原村の居酒屋さんで絡まれた話-その2-

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